ガンダム調査隊(仮)
正式な名称も与えられていない仮設部隊だが、各方面から呼び集められたメンバーは精鋭揃いだ。
世界そのものに喧嘩をふっかけるような前代未聞のテロリストを相手に、高い使命感とプロ意識をもって
日々戦い続けている・・・はずではあるのだが。

彼らも崇高な任務を離れればただのおっさん、もとい、下手な冗談も言えば下世話な話だってする、
ただの人間である。



たとえばのはなし。



「この間、ここに来る前に一緒だった奴と飲みに行ったんだけどさ・・・そこで隊長の話が出て」
「うちの?」
「いや、前の部隊の。熊と狸を足して二で割ったような御仁なんだけどな」
「ああ・・・あの人」
「酒が入るとやたらと女にモテることを自慢するらしくてさ。同期の○○には負けてないって」
「いや負け・・・いや・・・いい勝負か・・・」
「俺等からみればどっちもどっちって感じだけど、聞き手が下手に聞き流すとムキになって
演説するわけ。で、お前らはどう思う、と迫られるわけだ」
「たち悪いなぁ」
「部下にしてみればもちろんそこで否定するわけにはいかないだろ」
「でも正直○○の方がまだマシな感じじゃね?」
備え付けのコーヒーメーカーで淹れた不味いコーヒーを片手に雑談していた二人の間に、
話を聞き流していた別の隊員が割り込んでくる。
「一見女の子には優しそうだし、何より上品さにかけては・・・適わないよな」
「俺も○○の方が優勢だと思うね。まぁ付き合うとなったらまた別なんだろうけど」
「噂じゃ相当・・・アレらしいしな」
「長くは続かないわな。まぁ飲み屋の女の子のウケはいいだろうけど」
「その勝負、白黒つけるにはデータ不足だな」
しょうもない会話を続けるうちに何故か口を出す人数が増えて、部屋の隅で端末をいじっていた
人間までもがいつの間にか輪に加わっていた。

「技術顧問はどう思われます?」

中のひとりが、井戸端会議の輪のすぐ傍で黙々と書類に目を通していたカタギリに話を振る。
本来ならカタギリは下士官が気軽に声をかけられるような立場にない。
ましてや傍で下世話な雑談をするなど言語道断、とはいえカタギリ本人は階級のことなど
全く気に留めておらず、のほほんとした態度でどこにでもふらふらと現れるので、他の上官の
目がなければ隊員たちはいつの間にかカタギリが混ざりこんでいても気にしないようにしていた。

「どうって・・・何が?」
「いや、だから、どちらが女性におモテになるかという話・・・聞いてませんでした?」

カタギリが与えられた研究室からわざわざ資料を持ち出してまで、頭脳労働には向かない
この部屋で仕事を片付けている理由は全く分からない。
けれどそのことにツッコミをいれる者はいなかった。
軍施設全域をサンダルで闊歩する人間に今更何を言えようか。

「あぁ・・・それねぇ。女の子受けが良いのはグラハムかな」
「いや、うちの隊長の話はしてませんが」
「あ、そう?えーとね、僕が女の子になったら熊さんに抱かれたいなぁ」

冷め切ったコーヒーを啜りながら答えるカタギリに、やや引き気味になる一同。
浮ついた喧騒が、潮が引くように静かになっていく。

「あの・・・熊、って・・・」
「君の昔の上官だっけ?知ってるよ。名前は忘れちゃったけど。
ん、最初から覚えてないんだったかな?」
「いや、あの・・・。それはともかく何故にそんな奇抜な例えを・・・」
「だって、二者択一だろう?どうしてもどちらかを選べって言われたら熊さんと寝る」

いや、だから誰も寝ろとか言ってませんが。と心の内で叫ぶ者数名。

「あの・・・だったら三者択一で・・・」「バカ余計なことを言うな!!」
うっかり口を滑らせてしまった粗忽者を、傍にいた隊員が激しく小突くが時既に遅し。
「え〜・・・グラハムと〜?」
空になった紙コップを片手で弄びながら、カタギリは不本意そうな声を漏らした。
「いやいやいや、中尉ではなくってですね、その、さっきの二人を選ぶか、もしくは死ぬかという
究極の選択で・・・」
「グラハムは嫌だなぁ・・・」
話を聞いてくださいお願いですから!という必死の祈りはついぞ届かず。
心底嫌そうな表情でカタギリが呟くのと、部屋の出入り口のドアがスライドするのはほぼ同時だった。

「・・・・・・・・・今聞き捨てならん言葉を聞いたような気がするのだが」
あわあわと言葉にならない声を漏らしながら青くなる面々の様子に気付いた様子もなく、
カタギリは部屋の入り口で仁王立ちになっているグラハムに目を向けて、いつものように
穏やかな笑みを浮かべた。
「おやグラハム。君も今上がりかい?」
「私の何が気に入らないというのだカタギリ」
「え?何の話?」
「今私のことが嫌だとか言っていただろう」

つかつかと靴を鳴らして近づいてくるグラハムを見つめ、しばし首を傾げてから、ようやく思い出したと
いうようにカタギリは深く頷いた。
「だって、君の事は知りすぎてるから・・・」
心なしか照れたような仕草を見せる技術顧問に、危機感を覚えた敏い人間も居た。
しかし正真正銘直属の上司であるグラハムの前でカタギリの口を塞ぐわけにもいかず。

「恥ずかしくって三つ指突いてお願いしますなんて言えないよ」

「「「・・・・・・・」」」

グラハムは沈黙していた。
意味が理解できなかったのか、口元を引き結んだまま視線をちらりとカタギリの傍に立っていた
青年へと流す。
無言で説明を要求している。
しっかりとその意図は汲み取れるが、口を開ける人間は一人も居ない。
しかし沈黙を無神経に破ったのはやはりカタギリだった。

「あ、グラハムがどうとかじゃなくてね、照れくさくって君のベッドに潜り込む勇気は無・・・」
「ああああの隊長、この後のミーティングの件でちょっと、かなり、早急にお聞きしたいことが!」
「もちろんそんなこと嫌といえば嫌だけど、どうしてもっていうなら他の人と寝・・・」
「そういえばさっき三時の方角にガンダムが現れたとか現れなかったとか聞いたような聞かないような」
「技術顧問もこんなところで油売ってないでフラッグ強化しましょうよほら水に浸けても大丈夫なように」
「そうそう新しい水着とか用意して」
「砂浜で追いかけっことか楽しいですよきっと!!!」

堰を切ったように喋りだして弾幕を張る隊員たちの涙ぐましい努力を分かっているのかいないのか
(もちろんわかってはいない)カタギリはきょとんとした表情で口を噤んだ。
誰かがカタギリの腕を支えて強制的に立ち上がらせ、背中を押し、ドアを開けて廊下へと送り出す。
勿論仕事道具一式を無理やり持たせることも忘れない。
そのまま一緒に廊下へ逃亡しようとした隊員の肩をしっかりと(指先がめり込むほど)掴んで、
グラハムは地の底から響いてくるような低音で呟いた。

「・・・・・・・・・何の、話をしていた・・・?」
「ええと・・・なんと申しましょうかその・・・」

運悪く捕まってしまった隊員Aは

技術顧問はあなたよりも熊さん(仮名)を選ぶそうです。

・・・などともちろん言えるはずもなく。

長いしっぽを揺らして自分の巣へ帰っていく白衣の後姿を恨めしげに見遣りながら、
一番最初にカタギリに話を振ってしまった己の無思慮さを悔いて深く溜息をついた。